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No.4 新年🌅

  • ecumedesjours4
  • 2025年1月1日
  • 読了時間: 2分


2025年になりました。

わたしはいつも通り寝正月の朝を迎え

まずはコーヒーを飲み

お昼をとうに過ぎた頃ゆっくりとお雑煮とおせちらしきものを作り

お腹がいっぱいになった頃

またうとうととする、などという平凡な日常の延長線上にある

1月1日という日を過ごしています。


久しぶりにテレビをつけると

ちょうど一年前の地震災害のニュースが流れており

それを見ながら少しだけ心の目を被災地に向ける。


1年経った被災地の光景は

モニター越しでありながら

私の心に言葉にならない感情の痕を残す。


冬の快晴の空はとてもさっぱりしており

こんなにも穏やかだからこそ

なんだかとても寂しいような気持ちになる。


昨年の秋頃、渋谷のユーロスペースで観たヴェンダースの『東京画-TOKYOGA』の中で

かつて小津安二郎監督のカメラ担当だった方(?)が

「お昼過ぎの陽の光が窓の外から部屋に注ぐ時の方が一層淋しくて、妻を亡くした主人公の男の哀しみを表すのに良い」

というようなことを監督が言っていたと回想していた記憶があるが

新年の晴れの日の穏やかな午後の日差しも

穏やかさの中に、静かな優しさの持つ暴力性を少しだけ隠しているような気持ちになり

なんとなくそれについて考えたりしています。


ああ平和だな

という嬉しさと

これが永遠に続けば良いのだけれど

なんだかいつかは消えてしまうのかもしれない

という、いつもの癖で起きる不安な気持ちを愛でながら

今年もスタートしたという記録です。

 
 
 

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